善くはたらくための考察

単なるビジネススキルではなく、働くことの本質を深考することが、真の組織成長に繋がると考えます。
ここでは、長年の実務経験と、ドラッカー理論、心理学の知見を融合させた考察を定期的に発信しています。

現実を力に変える:Mustを「成長の機会」へ変換する実践的適合戦略

皆さん、こんにちは。坂本です。

連載も後半戦、4日目の今日は、キャリアの3要素の3つ目である「Must(すべきこと・要請)」に正面から向き合います。

これまでの2日間で、自分の「Will(ありたい姿)」を描き、「Can(できること)」を磨く方法を考えてきました。しかし、ビジネスの現場には、常に「やりたいこと」や「得意なこと」だけがあるわけではありません。むしろ、「なぜ自分がこれを?」と思うような困難な課題や、厳しい市場の要求、組織からの期待といった「Must」が大きな壁となって立ちはだかることの方が多いでしょう。

2026年、変化の激しいこの社会でプロフェッショナルとして生き残る鍵は、このMustを「重荷」と捉えるか、「自分を飛躍させるステージ」と捉えるかのマインドセットにあります。ドラッカーが説いた「成果をあげる者の規律」を軸に、現実を突破する力を養いましょう。

Mustの正体を知る:期待に応えることが信頼の土台である

私たちは往々にして「Must(すべきこと)」を、自分の自由を奪う制約のように感じてしまいます。しかし、プロフェッショナルの世界において、Mustとは他者からの「期待」の現れであり、価値を交換するための「契約」の核心です。

成果とは「組織の外部」で起こる変化である

ピーター・ドラッカーは「成果とは、常に組織の外部で起こる変化である」と定義しました。私たちが社内でどれほど忙しく働いても、それが顧客の課題を解決したり、社会に新しい価値を提供したりしない限り、それは「成果」とは呼べません。Mustとは、組織の外部にいる誰かが求めている「価値」そのものです。この本質を理解すれば、目の前の業務は単なる作業ではなく、社会と繋がるための貴重な接点であることがわかります。自分の内面(Will)にばかり目を向けるのではなく、常に「外の世界は何を求めているか」という市場の視座を持つことが、自律した職業人の第一条件です。

「期待値マネジメント」による信頼残高の最大化

仕事における満足度は、「成果 ÷ 期待値」という数式で表せます。どれほど優れた成果をあげても、相手の期待値をコントロールできていなければ、評価は低くなってしまいます。心理学的には、人間関係のトラブルの多くは「暗黙の期待」のズレから生じます。Mustを遂行する際、まずは「相手が何を、どのレベルで、いつまでに求めているか」を徹底的に言語化し、合意を形成すること。この期待値マネジメントができるようになると、無駄な手戻りが減るだけでなく、相手に「この人に任せれば安心だ」という強固な信頼感を与えることができます。

MustはWillを実現するための「入場料」である

「やりたいこと(Will)」だけをやらせてくれる組織は存在しません。自由に自分の裁量を発揮するためには、まず「やるべきこと(Must)」において圧倒的な結果を出し、周囲からの信頼を勝ち取る必要があります。これを私は「信頼の入場料」と呼んでいます。義務を果たさない者に、権利(自由)は与えられません。逆に言えば、目の前のMustを鮮やかに片付けてみせることで、あなたは組織内での発言力を高め、将来的に自分のWillに近い仕事を引き寄せるための「交渉権」を手にすることができるのです。

市場の要請(Must)から逆算する能力開発

2026年、市場が求めているMust(ニーズ)は刻々と変化しています。自分のCan(スキル)に固執するのではなく、市場が求めているMustから逆算して、自分に足りないピースを補完していく姿勢が重要です。これを「マーケット・イン」のキャリア形成と呼びます。ドラッカーが説いた「何に貢献すべきか」という問いは、自分の持ち札を確認する問いではなく、周囲の状況を観察し、自分がどこに配置されるのが最も効果的かを判断する問いです。変化するMustに柔軟に適応し続ける力こそが、長期的な市場価値を支えます。

真摯さ(インテグリティ)を欠くMustは成果ではない

どれほど数字上の成果をあげたとしても、そのプロセスで嘘をついたり、誰かを不当に犠牲にしたりすることは、ドラッカーが最も忌み嫌った「インテグリティの欠如」です。Mustを遂行する上で、倫理観や誠実さを失うことは、プロフェッショナルとしての生命線を自ら断つ行為に等しいと言えます。どんなに厳しいノルマや期限であっても、人間としての「正しさ」を失わずに最善を尽くす。この姿勢こそが、20代から50代まで全ての働く人が持つべき、普遍的かつ最強の武器となります。

逆境を飛躍に変える:レジリエンスと行動変容の心理学

Mustには、時に自分の能力を大きく超えるものや、不条理に感じるものも含まれます。こうした「逆境としてのMust」に直面したとき、心を折らずに前へ進むための心理学的知見を学びます。

【H3】レジリエンス:逆境からの「回復」と「適応」のプロセス

困難な課題に直面したとき、精神的な打撃から素早く立ち直り、さらにその経験を成長の糧にする力を「レジリエンス(精神回復力)」と呼びます。レジリエンスが高い人は、困難を「自分を否定する出来事」ではなく「解決すべきパズル」として客観視する傾向があります。Mustが苦しくなったとき、その感情を否定せず一度受け入れた上で、「この状況から学べることは何か?」と問い直すリフレーミングを行いましょう。逆境は、あなたの潜在能力を引き出し、新しいCanを強制的に開発させる「加速装置」になり得るのです。

「学習性無力感」の罠から脱却する主体的な選択

自分ではどうにもできない状況が続くと、人間は「何をしても無駄だ」という無力感を学習してしまいます(学習性無力感)。しかし、どんなに制約の多いMustであっても、そのやり方や、自分の心の持ちようまでを奪うことは誰にもできません。ドラッカーが「自らをマネジメントせよ」と説いたのは、環境の犠牲者になるなというメッセージです。Mustの中に、わずか1%でもいいから「自分の意志で決定できる部分」を見つけ出し、そこに集中すること。その小さな主体性の行使が、無力感の鎖を断ち切り、あなたに活力を取り戻させます。

自己効力感を高める「マスタリー体験」の設計

難しいMustを遂行するコツは、大きな塊を「確実にクリアできる小さなステップ」に分解することです。心理学者バンデューラが説く「マスタリー体験(成功体験)」は、自己効力感を高める最大の要因です。今日一日、このタスクだけは完璧に仕上げる。この会議で一つだけ価値ある発言をする。こうしたスモールウィンの積み重ねが、脳内に「自分はやればできる」という回路を形成します。大きなMustに圧倒されそうなときほど、時間軸とタスクを極限まで細分化し、確実な成功を自分にプレゼントしてあげることが、折れない心を作る戦略です。

「制御焦点」の切り替え:獲得と回避のバランス

心理学には、成功を求める「獲得焦点」と、失敗を避けようとする「回避焦点」という考え方があります。Mustを「ミスをしないようにこなす(回避)」だけでは、創造的な成果は望めませんし、何より仕事が楽しくありません。一方で、「この課題を通じて何を学び、誰を喜ばせるか(獲得)」という焦点を持つことで、脳の報酬系が活性化し、パフォーマンスが向上します。義務(Must)を挑戦(Will)へと接続し直す「焦点の切り替え」は、プロフェッショナルが自らのメンタルをマネジメントするための高度な技術です。

社会的支援(ソーシャルサポート)を求める知性

一人でMustを抱え込むことは、美徳ではありません。限界を感じる前に周囲に助けを求め、専門家の知恵を借りることも、立派な仕事のスキルです。これを「援助要請行動」と呼びます。ドラッカーが組織の目的を「個人の強みを組み合わせること」と説いたように、あなたの弱みを誰かの強みで補い、チームとしてMustを完遂させる構想力を持ちましょう。孤軍奮闘するのではなく、周囲を巻き込み、共通のゴールへ向かうためのハブとなること。2026年の複雑な課題は、もはや一人の天才のCanだけで解決できるほど、甘いものではないからです。

ジョブ・クラフティングの実践:義務を「意味」へ書き換える

「やらされている」と感じるMustを、いかにして「自分らしい仕事」へ変容させるか。心理学の有力なアプローチである「ジョブ・クラフティング」を具体的に実務へ応用していきます。

タスク・クラフティング:仕事の「やり方」を工夫する

目の前のルーチンワークや単調なMustに、自分なりの創意工夫を加えるのがタスク・クラフティングです。例えば、「報告書の作成」というMustに対し、あえて「誰よりも視覚的に分かりやすく、5分で内容が把握できる資料にする」という独自の付加価値目標を設定します。ただこなすのではなく、そこに自分の得意なCan(デザイン力や要約力)を注ぎ込む。この小さな「自分らしさ」の追加が、義務的な仕事を主体的なプロジェクトへと変貌させます。ドラッカーが説く「卓越性」とは、こうした日々の小さな改善の積み重ねの先にしか存在しません。

リレーショナル・クラフティング:人間関係を広げ、深める

Mustを通じて関わる人々との関係性を自らデザインし直すのが、リレーショナル・クラフティングです。単なる仕事の受け渡し相手ではなく、相手の課題を共に解決する「パートナー」として接する。あるいは、普段関わらない部署の人に自分からMustの背景を聞きに行く。関係性の質が変わると、入ってくる情報の質が変わり、Mustの難易度や面白さが劇的に変化します。孤独な作業を、他者との共同創造へと変える力。これが、職場の心理的安全性を高め、あなた自身のエンゲージメント(仕事への没頭度)を飛躍的に向上させます。

コグニティブ・クラフティング:仕事の「意味」を捉え直す

今のMustが、最終的に誰を幸せにしているのか、その「社会的意義」を再定義するのがコグニティブ(認知)クラフティングです。ドラッカーの有名な寓話「3人の石切り職人」において、3人目が「私は教会を建てている」と答えたように、視座を高く持つことで、作業の辛さは「誇り」へと変わります。自分のMustが組織のどんな目標に繋がり、顧客のどんな笑顔を生んでいるか。そのストーリーを自分自身で語れるようになれば、あなたはどんな環境にあっても、自らの力で情熱を自家発電できるようになります。

WillとMustの交差点を見つける「自己調整」

どうしてもWillとMustが乖離していると感じるときは、その間を繋ぐ「架け橋」を自分で探す必要があります。例えば、「英語を使いたい(Will)」のに「国内営業(Must)」をしているなら、社内の海外事例を調べて共有する、といったアクションです。Mustを100% Willにすることは難しくても、Mustの中に10%のWillを混ぜ込むことは可能です。この「自己調整」の工夫を続けることで、キャリアの断絶を防ぎ、現在の仕事を通じて未来の自分のためのCanを蓄積していくことができます。

ドラッカー流「廃棄」の決断と優先順位

Mustが溢れかえり、Willを見失いそうになったとき、ドラッカーが最も強調したのは「計画的な廃棄」です。成果をあげない活動、過去の遺物となった慣習を思い切って捨てること。そして、何が最も重要かという「優先順位(プライオリティ)」ではなく、「何をやらないか」という「後劣順位(ポステオリティ)」を決定すること。すべてを完璧にやろうとするのは、誠実さではなく無計画の現れです。自らのWillに基づき、真に貢献すべきMustを選び取る決断力こそが、プロフェッショナルとしての潔さと、真の生産性を生み出します。

成果をあげる習慣:ドラッカー流「セルフマネジメント」の極意

Mustを遂行し、具体的な成果として結実させるためには、日々の「習慣」がすべてを決めます。ドラッカーが『経営者の条件』で示した、成果をあげるための5つの習慣を現代的に解釈します。

時間の管理:自らのリソースを掌握する

成果をあげる者は、仕事からスタートしません。時間の管理からスタートします。Mustに追われる人は、時間がどこへ消えたか把握していません。まずは自分が一日に何をしていたか、15分単位で記録をつけ、自らの時間の使い方を客観的に分析してください。驚くほど多くの時間が、成果を生まない雑務や他人の要請に奪われていることに気づくはずです。自由な時間(Willに使う時間)を確保するためには、まずMustに使う時間を徹底的に効率化し、聖域を確保する。この冷徹なまでの自己管理が、自律的なキャリアを支える骨組みとなります。

貢献への焦点:視座を「作業」から「価値」へ

「自分は何ができるか」ではなく「自分は何に貢献すべきか」を問いましょう。この一言の問いが、あなたの視座を作業者から経営者へと引き上げます。Mustをこなすことに汲々とするのではなく、そのMustが果たすべき「最大の貢献」は何かを考える。すると、これまで重要だと思っていたことが実は些末なことだと分かり、逆に無視していた小さなことが決定的な鍵だと気づくことがあります。貢献に焦点を合わせることで、あなたのCanは最も効果的な場所で発揮され、Mustは最大の成果へと結びつきます。

強みの活用:Mustを自分の土俵に引き込む

指示されたMustを、自分の不得意なやり方で進める必要はありません。ドラッカーは「強みの上に築け」と説きました。Mustを遂行するプロセスに、自分の強み(Can)をどう組み込めるかを考え抜いてください。分析が得意ならデータを駆使して、対話が得意なら現場を歩き回って課題を解決する。Mustという「お題」に対して、自分という「楽器」をどう鳴らせば最も美しい音色が出るか。強みを活かしてMustに応えるとき、仕事はもはや義務ではなく、あなたの才能を社会に証明する「表現」となります。

集中:一つの重要なことに全力を注ぐ

ドラッカーは「成果をあげるための秘訣を一つだけ挙げるなら、それは集中である」と述べました。あれもこれもと手を出す「多動力」の時代だからこそ、今この瞬間に、最も成果に直結する「一つのMust」に全力を注ぐ力が必要です。重要度の低いMustを思い切って後回しにし、あるいは他人に任せ、自分にしかできない最重要事項に「細切れではない、まとまった時間」を投入する。この集中の密度が、アウトプットの質を決定的に変えます。一度に一つのことしか成し遂げられない人間の特性を理解し、その限界の中で最大出力を出す戦略を立てましょう。

意思決定の質:場当たり的な対応を排する

日々のMustに追われていると、その場しのぎの対応を繰り返してしまいます。しかし、優れたプロフェッショナルは、目の前の問題を「個別の事象」ではなく「構造的な問題」として捉え、根本的な解決策(意思決定)を導き出します。ドラッカー流の意思決定とは、妥協点を探ることではなく「何が正しいか」からスタートすることです。一度の正しい意思決定が、将来発生するであろう100のMustを未然に防ぎます。目先の忙しさに逃げるのではなく、深く考え、根本を動かす。この知的な誠実さが、あなたのキャリアの安定性と深みを作ります。

まとめ:Mustを乗り越えた先に、真の自由が待っている

連載4日目、キャリアにおいて避けて通れない「Must(すべきこと)」を、いかにして味方につけ、成長の原動力に変えるかを考えてきました。

Mustはあなたを縛る鎖ではありません。それは、あなたのCanを試し、Willを本物へと鍛え上げるための「砥石」です。ドラッカーが説いた成果の規律を身につけ、心理学の知恵で自らの心を整えれば、どんな厳しいMustも、あなたの市場価値を高めるための絶好のチャンスへと変わります。

目の前の仕事に誠実に向き合い、期待を超える成果を出し続けること。そのプロフェッショナルとしての積み重ねが、やがてあなたを「場所」や「組織」に縛られない、本当の意味で自由な、自律した存在へと押し上げてくれます。

よりよい職場づくり。そして、自らの仕事に誇りを持って、善くはたらくこと。

あなたには、与えられた現実を乗り越え、自らの手で未来を創造する力が備わっています。人間力を高める日々の努力は、決してあなたを裏切りません。明日、Day 5では、これらWill、Can、Mustを統合し、生涯にわたって学び、成長し続けるための「キャリア・レジリエンス」の完成形についてお伝えします。

あなたの歩みは、着実にゴールへと近づいています。自信を持って、明日の一歩を踏み出しましょう。

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