善くはたらくための考察

単なるビジネススキルではなく、働くことの本質を深考することが、真の組織成長に繋がると考えます。
ここでは、長年の実務経験と、ドラッカー理論、心理学の知見を融合させた考察を定期的に発信しています。

承認で主体性育成!褒めても部下が動かない理由をドラッカーとTA理論から徹底分析

こんにちは、坂本です。皆さんのキャリアと組織の成長を応援しています。

今週の連載では、私たちが日々、無意識に行っているコミュニケーションの基本単位である「ストローク」(交流分析・TA)に焦点を当てます。前週の基本理解から一歩踏み込み、リーダーシップにおけるストロークの役割と、それが組織の健全性、そして皆さんのパーパス実現にいかに不可欠かを深く掘り下げてまいります。

特に今回は、リーダーの皆さんが「良かれと思って褒めているのに、なぜか部下が主体的に動いてくれない」という、組織で最も頻繁に起こる、しかし最も見過ごされがちな問題に挑みます。その原因は、褒め方の「技術」ではなく、ストロークの「質」と「量」の設計にあります。

事業の目的は「顧客の創造」であると喝破したピーター・ドラッカーの教えにもあるように、組織運営の目的は「社員の創造」であり、そのためには「承認の設計図」が必要です。私と一緒に、皆さんのチームと組織の可能性を最大化するための、承認の原理原則を学んでいきましょう。

褒めても部下が動かない構造的な原因と「心の飢餓」

導入ですでに耳が痛い方もいらっしゃるかもしれませんね。「毎日『お疲れさま』って声かけてるよ?」「この前のプロジェクトもちゃんと『ありがとう』って伝えたよ?」と。確かに、あなたはストローク(心の栄養)を与えているつもりです。しかし、なぜか部下の反応は鈍い。

この問題の根っこには、リーダーの無意識にあるストロークのパターン、そして、褒め言葉の裏に隠されたメッセージが関係しています。私たちキャリアコンサルタントが組織に入ってまず観察するのが、この「ストロークの質」の偏りなのです。

ストロークとは「心の栄養」であり「生存本能」

ストローク(Stroke)は、TA(交流分析)の創始者エリック・バーン博士が提唱した概念で、「相手の存在を認める行為」全般を指します。物理的な接触(赤ちゃんを抱きしめる)から、言葉(挨拶、褒め言葉、批判)まで全てが含まれます。

人間は、ストロークがないと生きていけません。これは、ドラッカーが言う「人間の本質」にも関わる部分です。人は成果のためではなく、自己実現のために働きます。そして、その自己実現を証明するのが、周囲からの承認、すなわちストロークなのです。リーダーがこの原理を理解することは、「人を活かす経営」の第一歩です。

リーダーが陥る「条件付き承認」の罠とその弊害

多くのリーダーは、部下を評価する際、無意識のうちに条件付きのストロークばかり与えてしまいます。条件付きストローク自体は、成果への期待や行動の方向付けに不可欠ですが、これが多すぎると、部下に深刻な弊害をもたらします。

箇条書き:条件付きストロークのパターンと裏メッセージ

  1. 「成果」を条件とする承認: 「この資料、納期通りに出してくれてありがとう」(条件:納期厳守)
    • 弊害: 納期が守れなければ、感謝も承認もないというプレッシャーとなり、「成果が出せない自分には価値がない」という自己否定に繋がりやすい。
  2. 「努力」を条件とする承認:よく頑張ったから、今回の評価はAだ」(条件:頑張ったこと)
    • 弊害: 過度な努力を強いることになり、「楽をすると評価されない」という無意識のプレッシャーとなり、非効率な労働を助長する。

この承認のパターンが継続すると、部下は挑戦主体的な行動を恐れるようになります。結果として、言われたことしかやらない「指示待ち人間」が職場に増え、組織の創造性が停滞してしまいます。ドラッカーが警鐘を鳴らした「知識労働者の非生産性」は、このストロークの偏りから生まれるといっても過言ではありません。

心の栄養失調「ストローク飢餓」の発生メカニズム

驚くかもしれませんが、人間はポジティブなストロークが全くもらえない場合、ネガティブなストロークであっても欲しがるという特性があります。これを「ストローク飢餓」と呼びます。

箇条書き:ストローク飢餓が組織にもたらす行動

  • 否定的な注意の要求: 上司に無視されるよりは、「お前、本当に使えないな」と怒鳴られた方が、「自分の存在は認識された」と感じてしまう。これは、「無視される」という「ストロークなし」の状態を最も恐れるためです。
  • 組織の活力を奪う行為: 飢餓が蔓延すると、「不平不満を言う」「足を引っ張る」「噂話に興じる」といったネガティブな行動で注意を引こうとする人が増えます。これはTAでいう「ゲーム」の始まりとなることが多いです。
  • 業務の停滞: 重要な判断や報告を避けるようになり、上司からの「条件付きの否定的ストローク」さえも恐れて、行動そのものを停止させます。

リーダーは、この「飢餓」を解消する責任があります。ポジティブなストロークの流通量を増やすことは、組織の活力を取り戻し、ドラッカーが求める「知識の創造」のための対話を可能にする前提条件なのです。

組織の土台を破壊する「無条件の否定的ストローク」の解析

ストロークには、その内容と条件によって大きく4種類に分類されます。このうち、最も組織の活力を奪い、離職率を高め、社員のI’m OK(自己肯定感)」を破壊するのが「無条件の否定的ストローク」です。

無条件の否定的ストロークとは何か?

これは、相手の「存在そのもの」を否定するストロークです。特定の行動や成果ではなく、その人自身の人格や能力の根幹を否定します。

箇条書き:無条件の否定的ストロークの危険なフレーズ

  1. 人格の否定: 「君は本当にリーダーシップがないな。向いてないよ。」
  2. 能力の根幹へのレッテル: 「君の仕事はいつも雑だ。才能がない。」
  3. 未来の可能性の否定: 「どうせ君がやっても無駄だ。諦めた方がいい。」
  4. 比較による価値の否定: 「〇〇さんに比べて、君は本当に使えないな。」

これらの言葉には、「改善するための具体的な条件」がありません。ただ存在そのものにレッテルを貼ることで、相手の自己肯定感を根底から破壊します。このストロークを与えられた部下は、「何をしても無駄だ」という諦念に支配され、主体性を失います

「褒め殺し」という隠れた否定的ストロークの心理

一見ポジティブに見えて、実はネガティブなメッセージを秘めているストロークもあります。これは、TAの「禁止令」や「心のゲーム」の入り口ともなり得ます。

  • 「真面目さ」を利用する例:「君はいつも真面目だから、この面倒な仕事は君に頼むよ。他の人には任せられない。」
    • 裏メッセージ: 真面目さを資質として褒めているフリをして、「君は面倒な雑用しかできない」「真面目さを失ったら君の価値はない」というプレッシャーを与えています。これは部下のアダプテッド・チャイルド(AC)の自我状態を刺激し、リーダーの批判的な親(CPに逆らえない状況を作ります。

受け手は無意識に不快感を感じ、「自分は利用されている」と感じてしまうため、長期的に見ると主体的な行動を抑制してしまいます。リーダーは、言葉の裏にあるメッセージ(潜在的なストローク)に常に意識的である必要があります。

無条件の否定的ストロークの世代間連鎖(TAの禁止令の視点から)

リーダー自身が過去にこのストロークを受けて育っている場合、無意識のうちに「禁止令」として内面化し、そのまま部下へ伝達してしまうことがあります。

箇条書き:禁止令とストロークの連鎖の例

  1. リーダーの禁止令:成功するな」(目立つと危険、という過去の教訓)
  2. 部下へのストローク: 部下が成功しても、「まだ運が良かっただけだ」「次は失敗するな」といった不安を煽るような言葉で承認を差し控える。
  3. 組織への影響: 組織全体に**「挑戦しても報われない」「成功を恐れる」**という文化が生まれてしまい、イノベーションの機運が失われます。

リーダーの自己理解なくして、ストロークの健全な流通はあり得ません。特に自身の批判的な親(CP)の自我状態が過剰に出ていないかを常にモニタリングする必要があります。

ドラッカーの「知識労働者」論と「無条件の承認」の統合

ドラッカーは、知識社会において組織の最大の資産は「人」であり、マネージャーの役割は「人が貢献できる環境を作ること」だと説きました。ストロークの観点から見ると、この「貢献できる環境」こそが、無条件の肯定的ストロークが流通する組織に他なりません。

「存在の承認」が心理的安全性という土台を作る

無条件の肯定的ストロークとは、「あなたの存在そのものを歓迎している」というメッセージです。これは、成果や行動とは一切関係なく与えられます。

箇条書き:無条件の肯定的ストロークの実践例

  1. 朝の挨拶:〇〇さん、おはよう。今日も来てくれてありがとう」(成果とは無関係の感謝)
  2. 存在価値の表明:あなたがこのチームにいてくれることが、私にとって大きな支えです。」
  3. 非言語的承認: 忙しくても、部下の話には必ず視線を合わせ、最後まで聞くという姿勢。

このストロークが組織の基本となると、メンバーは「失敗しても、自分の存在は否定されない」という心理的安全性を感じます。心理的安全性が担保されて初めて、人はリスクを恐れずに挑戦し、発言し、貢献するという主体的な行動を選ぶのです。

ドラッカーの問い:「何をしてもらうか」ではなく「貢献できる環境」

ドラッカーはマネージャーの役割について、「いかにして彼らに最高の仕事をさせるかではなく、彼らが貢献できる環境をいかに整備するかだ」と述べています。

この「貢献できる環境」を心理学の観点から見ると、まさに無条件の承認に満ちた場所です。リーダーは、部下が何を「したか」という成果を見る前に、まず「この人はここにいるだけで、すでに価値がある」というメッセージを送り続ける必要があります。これにより、社員は「自分は組織にとって不可欠な存在である」という揺るぎない自信を得て、初めて自分の裁量で主体的な貢献を始めることができるのです。

ストロークの黄金比:無条件ポジティブをベースに

リーダーは、意識的に無条件の肯定的ストロークを増やし、組織の「信頼の貯蓄」を豊かにする必要があります。TAの視点から見た、健全な組織のストローク黄金比は以下の通りです。

箇条書き:健全な組織のストローク黄金比(TAモデル)

  1. ベース: 無条件の肯定的ストローク(存在の承認)
  2. 行動を促す: 条件付きの肯定的ストローク(成果・プロセスへの承認)
  3. 修正: 条件付きの否定的ストローク(建設的な指導)
  4. 排除: 無条件の否定的ストローク(人格の否定)

この黄金比のベース(無条件の承認)が崩れると、組織は常に「成果を出さなければ居場所がない」という緊張状態に陥り、創造性が死滅することに繋がってしまうのです。

主体的な貢献を引き出す「承認の設計図」実践ステップ

では、私たちは具体的にどうすれば、部下の主体的な貢献を引き出すリーダーになれるでしょうか。それは、ストロークを感覚的な行為から意図的な設計に変えることです。

ストロークは「相手の求めているもの」を与える技術

ストロークは、単にあなたが言いたいことを言うのではありません。相手が「受け取りたい」と思っているストロークを与えることが重要です。相手が受け取らないストロークは、空振りに終わります。

箇条書き:部下のタイプ別、求めているストロークの例

  1. 論理的な部下(Adult優位): 「感情的な褒め言葉」より「プロセスや論理的な工夫への承認」を求める。(条件付きポジティブ)
  2. 感情的な部下(Child優位): 成果が出ていなくても「あなたの存在そのものへの感謝」を求める。(無条件ポジティブ)
  3. 完璧主義の部下(Parent優位): 努力や基準を達成したことへの承認と、「あなたの基準は正しい」という信頼を求める。(条件付きポジティブ)

日々の対話の中で、部下がどんなタイプのストロークに最も生き生きと反応するかを観察し、相手に合わせた「心の栄養」を設計しましょう。

「I’m OK, You’re OK」を体現する非言語的ストローク

TAが目指す究極のライフポジションI’m OK, You’re OKは、ストロークの基本姿勢です。この姿勢は、言葉だけでなく、非言語的なストロークを通じて体現されます。

箇条書き:「I’m OK, You’re OK」を伝える非言語的ストローク

  • アイコンタクトの維持: 相手の目を見て、1秒以上アイコンタクトを維持し、「私はあなたの存在を認識し、尊重している」というメッセージを送る。
  • オープンな姿勢: 腕を組まず、体を相手に向け、物理的な「遮断」を避ける。
  • 傾聴と頷き: 相手の話を遮らず、養育的な親(NPの姿勢で熱心に頷くことで、「あなたの意見は聞く価値がある」という無条件の肯定的ストロークを与える。

この姿勢が体現されて初めて、あなたの出すストロークは信頼というフィルターを通り、真の動機づけとなるのです。

まとめ:ストロークの質が「知識の創造」という未来をつくる

本日は、ストロークの基本原理と、それがドラッカーの知識労働者論と深く結びついていることを学びました。

単なる「褒め方」のテクニックを学ぶのではなく、「人がなぜ働き、なぜ貢献するのか」という根源的な問いに、ストロークを通じて答えるのがリーダーの役割です。あなたの意図的な承認が、部下や同僚の心理的安全性を築き、結果として彼らの主体的な挑戦創造性を引き出すのです。

まずは今日、部下や同僚に、「成果とは関係なく、あなたがいてくれてよかった」という無条件の肯定的ストロークを、心からの笑顔とともに伝えてみてください。そこから、組織の新しい活力が生まれることをお約束します。

お読みいただきありがとうございました。皆さんのキャリアと組織の成長にお役に立てれば幸いです。

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