善くはたらくための考察

単なるビジネススキルではなく、働くことの本質を深考することが、真の組織成長に繋がると考えます。
ここでは、長年の実務経験と、ドラッカー理論、心理学の知見を融合させた考察を定期的に発信しています。

【連載第2日】信頼が土台を作る:シェアド・リーダーシップを育む「心理的安全」の深層

12月30日を迎えました。仕事納めを終え、大掃除や新年の準備に追われながらも、ふと「来年のチームはどうあるべきか」と思いを馳せている方も多いのではないでしょうか。昨日は、一人のリーダーに頼る限界を超え、全員が主役になる「シェアド・リーダーシップ」の必要性をお伝えしました。しかし、いざ「全員がリーダーシップを発揮しよう」と旗を振っても、メンバーが尻込みしてしまっては意味がありません。

なぜ、人は一歩前に出ることをためらうのか。その答えは、組織の底流に流れる「心理的安全性」と「信頼」の有無にあります。本日は、シェアド・リーダーシップという種が芽吹くための「土壌」について、心理学的な知見とドラッカーの哲学を交えながら、共に探っていきましょう。

心理的安全性がもたらす「対人リスク」からの解放

シェアド・リーダーシップの本質は、流動的な役割の交代にあります。しかし、役割を引き受けるということは、同時に「責任を負う」「目立つ」「失敗するかもしれない」というリスクを背負うことでもあります。メンバーがそのリスクを恐れず、自発的に手を挙げるためには、組織内に絶対的な「安心感」が必要です。

エイミー・エドモンドソンが提唱した概念の誤解を解く

ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した「心理的安全性」は、今やビジネス界の常識となりましたが、一方で誤解も少なくありません。それは単なる「ぬるま湯」の関係でも、お互いに気を遣い合う「仲良しクラブ」でもありません。本来の意味は、「チームにおいて、対人関係のリスクをとっても安全であるという共有された信条」です。つまり、「こんなことを言ったら馬鹿にされるかも」「失敗したら責められるかも」という不安を感じることなく、率直に意見を言える状態を指します。この「健全な衝突」ができる環境こそが、リーダーシップを共有するための出発点となるのです。

「無知」「無能」「邪魔」「ネガティブ」と思われる恐怖の正体

エドモンドソンは、人が職場で抱く4つの不安を挙げています。質問して「無知」だと思われる、ミスをして「無能」だと思われる、提案して「邪魔」だと思われる、批判して「ネガティブ」だと思われる。これらの不安は、人間が生存本能として持っている「集団から排斥されたくない」という深層心理に根ざしています。シェアド・リーダーシップにおいてリーダー役を担う際、誰もがこの不安に直面します。この不安を解消するためには、個人への攻撃ではなく「事象へのフォーカス」を徹底する文化が不可欠であり、それこそが心理的安全性の正体なのです。

なぜ「弱さを見せること」が最強の信頼構築に繋がるのか

心理学者のブレネー・ブラウンは、真のつながりには「脆弱性(Vulnerability)」、つまり自分の弱さをさらけ出す勇気が必要だと説いています。リーダーが「自分にも分からないことがある」「助けが必要だ」と認めることで、メンバーは「自分も完璧でなくていいんだ」という安心感を得ます。この安心感が、「自分の得意なところでならリーダーシップを発揮できる」という前向きな意欲に変わります。弱さを見せることは、隙を見せることではなく、他者が活躍するための「余白」を創り出す高度なリーダーシップであると言えるでしょう。

心理的安全性が高いチームで見られる「ヘルプシーキング」の習慣

シェアド・リーダーシップが機能しているチームでは、「ヘルプシーキング(援助要請)」が活発です。自分がリーダーシップを発揮している最中でも、「ここから先はあなたの知見が必要だ」と素直に助けを求めることができます。これは、心理的安全性が担保されているからこそ成せる業です。助けを求めることを「恥」ではなく「誠実さ」と捉える文化があれば、知識と経験のパズルはスムーズに組み合わさり、チーム全体のパフォーマンスは飛躍的に向上します。お互いに依存し合うのではなく、「相互補完的」な自律が実現するのです。

学習する組織への転換:失敗を「データ」として歓迎する文化

心理的安全性の真価は、失敗への向き合い方に現れます。ミスを隠蔽する組織は硬直化しますが、ミスを「貴重な学習データ」として共有する組織は進化し続けます。シェアド・リーダーシップにおいては、誰もがリーダーを経験するため、失敗の責任も共有されます。誰かを吊るし上げるのではなく、「なぜその判断に至ったのか」「次に活かせる教訓は何か」を冷静に分析する対話が生まれます。この「非難なき分析(Blameless Post-mortem)」の習慣こそが、メンバーの挑戦心を支える最強のセーフティネットとなるのです。

ドラッカーが説いた「真摯さ」こそが信頼の源泉である

心理的安全性が「環境」であるならば、その環境を支える支柱は一人ひとりの「信頼」です。ピーター・ドラッカーは、リーダーシップの基礎は信頼であるとし、その信頼の根底には一つの徳目が必要だと説きました。それが「真摯さ(Integrity)」です。

リーダーシップの唯一不可欠な条件としての「真摯さ」とは

ドラッカーは著書『マネジメント』の中で、「リーダーシップとは、資質でもカリスマ性でもなく、仕事である」と述べる一方で、唯一後天的に学ぶことができない資質として「真摯さ」を挙げました。これは、言行が一致していること、公正であること、そして自分を偽らないことを指します。シェアド・リーダーシップにおいて、一時的にリーダー役を担う人が、チームの利益よりも自己保身や顕示欲を優先すれば、信頼は一瞬で崩壊します。各自が「真摯に仕事に向き合う」という姿勢を共有して初めて、安心してリーダーシップのバトンを預け合えるようになるのです。

「言行一致」がメンバーの予測可能性を高め、不安を払拭する

信頼とは、相手に対する「予測可能性」から生まれます。「あの人はいつもこういう価値観に基づいて判断する」という一貫性が、周囲に安心感を与えます。シェアド・リーダーシップにおいて、役割が流動的であっても、根底にある価値観や目的が一致していれば、チームは迷走しません。自分がフォロワーに回るときも、今のリーダーが組織のビジョンに忠実であると信じられるからこそ、全力でサポートできるのです。「言うこととやることが同じである」というシンプルで力強い誠実さが、流動的な組織を一つに繋ぎ止めます。

能力への信頼(専門性)と人間性への信頼(誠実さ)の両輪

信頼には二つの側面があります。一つは「この人なら成果を出せる」という能力的な信頼。もう一つは「この人は自分を裏切らない」という情緒的な信頼です。シェアド・リーダーシップでは、各メンバーの専門性に基づいた「能力への信頼」が、役割交代の根拠となります。しかし、それだけでは不十分です。どんなに能力が高くても、人間的な誠実さが欠けていれば、バトンは繋がりません。専門性を磨くと同時に、人間としての器、すなわち「利他的な貢献心」を養うことが、共有型リーダーシップの質の高さを決定づけます。

ドラッカーが嫌った「人を利用するマネジメント」からの脱却

ドラッカーは、人を資源として「利用」するような態度を厳しく戒めました。人を操作(コントロール)しようとする意図は、必ず相手に伝わり、信頼を損ないます。シェアド・リーダーシップは、メンバーを単なる「実行の手足」としてではなく、「共に成果をあげるパートナー」として尊重する姿勢から始まります。相手の可能性を信じ、活躍の場を譲り、その成功を心から喜ぶ。こうした「人間としての敬意」が土台にあって初めて、肩書きを超えた真のリーダーシップが共鳴し合うのです。

長期的な関係性の中で育まれる「信頼の預金」という考え方

スティーブン・R・コヴィーが提唱した「信頼の預金」という概念は、シェアド・リーダーシップにおいても有効です。日々の誠実な対応、約束を守ること、小さな気遣い。これらが「預金」として積み立てられているからこそ、いざという時の大胆な意思決定や、役割の交代に伴う摩擦を乗り越えることができます。年末の今、この一年でどれだけチームメンバーとの「信頼の預金」を増やせたかを振り返ってみることは、来年のチーム作りにおいて極めて重要な内省となるでしょう。

「相互信頼」を築くためのコミュニケーション・デザイン

信頼や心理的安全は、願うだけで手に入るものではありません。それらは、日々の具体的な「やり取り」の積み重ねによってデザインされるものです。シェアド・リーダーシップを加速させるための、具体的かつ心理学的なアプローチを考えてみましょう。

「意図の透明化」:なぜその発言をしたのか、背景を共有する

人は、背景が分からない発言に対して、無意識に「攻撃」や「批判」を感じてしまうことがあります。信頼関係を築くためには、結論だけでなく、そこに至る「意図(Intent)」を丁寧に説明することが重要です。「チームの効率を上げたいから、この提案をする」「あなたの成長を期待しているから、あえて厳しいフィードバックをする」といった意図を言葉に添えるだけで、受け取り手の心理的安全は劇的に向上します。透明性の高いコミュニケーションは、疑念を排除し、協力を促す潤滑油となります。

ポジティブ心理学が推奨する「アクティブ・コンストラクティブ・レスポンス」

他者の良いニュースや成功に対して、どのように反応するか。ポジティブ心理学では、「活動的・建設的な反応(ACR)」が最も信頼関係を強めるとされています。メンバーがリーダーシップを発揮して成果を出した際、「それはすごいね!具体的にどうやったの?」と一緒に喜び、深掘りする反応です。逆に、粗探しをしたり(破壊的)、無関心だったり(受動的)すると、信頼は削られていきます。お互いの成功を自分事として喜び合える文化は、次の誰かがリーダーシップを発揮するための強力な動機づけとなります。

「聴く」ことの力:ロジャーズの傾聴と共感の技術

心理学者カール・ロジャーズが提唱した「来談者中心療法」の三原則(自己一致、無条件の肯定的関心、共感的理解)は、ビジネスの現場でも極めて有効です。特にシェアド・リーダーシップにおいて、リーダー役を担っているメンバーの声を「評価せず、丸ごと聴く」時間は不可欠です。「自分の話が正しく理解されている」という実感こそが、孤立感を防ぎ、責任を全うする勇気を与えます。聴くことは、相手の存在を認める最も尊い行為であり、強固な信頼の絆を紡ぐ魔法でもあります。

フィードバックを「ギフト」に変えるための心理学的アプローチ

シェアド・リーダーシップにおいて、お互いへのフィードバックは避けて通れません。しかし、伝え方を誤れば心理的安全性を壊してしまいます。大切なのは、「未来志向」であることです。過去のミスを責めるのではなく、「次はどうすればもっと良くなるか」という観点で対話を行います。また、フィードバックを受ける側も、それを自分への攻撃ではなく「より良いチームにするためのヒント」として受け取る姿勢が必要です。この双方向の「学びの姿勢」が、フィードバックを組織の財産へと変えていきます。

「ありがとう」の総量を増やす:感謝の表明による関係性の強化

最もシンプルで強力な信頼構築法は、「感謝」です。「あなたがリーダーシップを発揮してくれたおかげで、プロジェクトが前に進んだ」「あの時のフォローに助けられた」といった感謝を、出し惜しみせずに伝え合いましょう。感謝は、言った側も言われた側もポジティブな感情を高め、脳内に信頼ホルモンと呼ばれるオキシトシンの分泌を促します。チーム内に感謝の言葉が溢れるようになれば、心理的安全性の土壌は自然と豊かになり、誰もが「このチームのために」と一歩前に出る意欲を持つようになります。

レジリエンスを高める:困難を共有し、共に乗り越える経験

チームの信頼が真に試されるのは、順調な時ではなく、困難に直面した時です。シェアド・リーダーシップが機能しているチームは、逆境において驚異的な粘り強さ(レジリエンス)を発揮します。

逆境こそがリーダーシップの「バトン」をより強固にする

予想外のトラブルが発生した際、一人のリーダーに責任を押し付けるチームは崩壊の危機に瀕します。しかし、シェアド・リーダーシップのチームでは、「今こそ自分の出番だ」と複数のメンバーが同時に動き出します。ある人は原因究明を、ある人は顧客対応を、ある人はメンバーのメンタルケアを。それぞれの強みを活かしてパニックを鎮静化させていくプロセスを通じて、チームの絆は以前よりも深く、太いものになります。困難は、信頼を「テスト」する場であると同時に、信頼を「倍増」させるチャンスでもあるのです。

「全責任を共有する」という覚悟がもたらす一体感

「誰のせいか」を問うのではなく、「どうやって解決するか」を全員で考える。この集団的責任感こそが、レジリエンスの源です。シェアド・リーダーシップにおいて、「あなたの役割だから」と突き放す態度は禁物です。一時的にリーダーを務める人を、他の全員が全力で守り、支える。この「守られている」という感覚があるからこそ、人は安心して未知の領域に挑むことができます。一体感とは、同じ方向を向くだけでなく、お互いの背中を預け合える関係性の中に宿るものなのです。

ポスト・トラウマティック・グロース(逆境後の成長)を組織で体現する

大きな失敗や挫折を経験した後、それを乗り越えた個人が飛躍的に成長することを「外傷後成長(PTG)」と呼びますが、これは組織にも当てはまります。シェアド・リーダーシップの下で困難を乗り越えたチームは、「自分たちはどんな問題も解決できる」という強固な集団効力感を手に入れます。この経験は、単なる成功体験よりも深く、メンバーの誇りとなります。休み明け、もし何かトラブルから始まったとしても、それを「最高のチームになるための序章」と捉える視座を持っていただきたいのです。

感情の共有を厭わない:人間らしい繋がりの再構築

ビジネスの現場では感情を排除しがちですが、信頼関係においては「感情の共有」も重要です。苦しい時に「苦しい」と言い合えること、不安な時に「不安だ」と認め合えること。こうした人間らしい弱さの共有が、実はレジリエンスを高めます。心理学的にも、感情を抑圧するよりも表出する方が、ストレス耐性が高まることが分かっています。プロフェッショナルでありながら、血の通った人間として向き合う。その適度な温度感が、持続可能なシェアド・リーダーシップを支えます。

ドラッカーが強調した「組織の健康」としての信頼関係

ドラッカーは、組織の成果だけでなく「組織の存続」と「個人の自己実現」を重視しました。信頼に基づかない成果は一時的なものに過ぎません。シェアド・リーダーシップを通じて育まれる強固な信頼関係は、組織の「免疫力」を高めます。多少のウイルス(トラブル)が侵入しても、自浄作用が働き、すぐに健康な状態に戻ることができる。こうした「健康な組織」で働くことは、職業人にとって最大の幸福であり、誇りを持って生きるための基盤となります。

まとめ

連載第2日の本日は、シェアド・リーダーシップを支える生命線である「心理的安全性」と「信頼」についてお届けしました。

どんなに優れた戦略や手法も、その根底に「この人たちとなら大丈夫だ」という安心感がなければ、決して機能することはありません。心理的安全性とは、甘えを許すことではなく、最高の成果を出すために「率直さ」を歓迎する文化のことです。そしてドラッカーが説いた「真摯さ」を各々が胸に刻むことで、その文化は本物になります。

明日は、他者にリーダーシップを発揮する前に、まず自分自身を導く「セルフ・リーダーシップ」について、大晦日の振り返りにふさわしい内容でお伝えします。

「信頼」という見えない絆を編むのは、あなたのほんの少しの勇気ある一言や、隣の人に向ける誠実な眼差しからです。あなたが今日、誰かに示した優しさや真摯さは、必ず来年のチームの力強い土台となります。職業人として、お互いを信じ合い、高め合える職場を創っていく道のりを、私はこれからも全力で伴走し、応援し続けます。

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